〜本田氏の手記より

マッターホルン突撃報告


7/17(土)
 とりあえず日本を飛び出した。いきあたりばったりは必至。ウィーンまでも長かった。ヨーロッパはオーストリアもスイスも夏時間。ウィーン空港で待ち時間2時間以上。せっかくなのでぶらぶらするが狭い空港で、すぐに行き場所なくなる。職員はみんな真っ赤な制服。ジュネーブ行きも日本人多し。ジュネーブ空港到着。9時前なのにまだ外は眩しいくらい明るい。この感覚は。。。そう!モスクワに2年前降り立ったときと同じ。懐かしい!!街並みの印象はモスクワの時ほど強烈でない。とにかく眠たくてしかたないので眠る。

7/18(日) 晴れ、のち、雨。
 意外に英語が通じず、どの電車に乗ればいいのか手間取ったが、運良く予定通りの電車に乗れた。下調べ不十分は、この後もいろいろ問題を引き起こすだろう。
943分予定通りツェルマットに到着し真っ先にアルパインセンターに向う。ここは80人のガイドを抱える。あらかじめ日本で、月曜日のテスト・トレーニング、火曜日のヘルンリヒュッテ、水曜日のマッターホルンアタックをメールで予約しておいた。しかし何と、ここ2週間ほど天気が悪く雪が降り続きマッターホルンは冬の状態。登山客も一切登らせておらず、予定通りの水曜日に雪が溶けて登れる状態になるのか分からないとのこと。ガーン。 
 とりあえず宿を『ミシャベル』に決め、
Zmutt往復のハイキングを軽くこなす。山岳博物館で1715分から閉館の18時まで過ごす。マッターホルン関連のマニアックな情報がいっぱいで、デジカメに写しておく。マッターホルンのミニチュアが気に入った。売り物なら少々高くても買うだろう。続いて、隣のアルパインセンターに確認に行く。水曜は愚か、滞在期限の金曜日までにも登れる状態になるかどうかは分からないとのこと。とはいえ、諦め切れないので、明日のブライトホルンのハーフトラバースルートは予定通り申し込んでおく。

7/19(月) 雨。
 650分にガイドとクラインマッターホルン行きロープウェー乗り場で待ち合わせ。ガイドは気難しい。質問をし過ぎると怒り出す。話にならない。私と同じくマッターホルントレーニングのオーストラリア人Mr. Clinton氏ことMr. President!氏と3人パーティーに。Clinton氏は眼鏡をかけた小柄で真面目な学生風。とてもマッターホルンを登りそうに見えないが、人は見かけによらないのが常。聞けばもう1週間もツェルマットに滞在しており、滞在期限は私と同じ金曜日。テスト・トレーニングを受けているがまだ合格が出ないとのこと。クラインマッターホルン駅に着いたが完全にホワイトアウト。 10分ほど歩いてみるがトレーニングテストコースのハーフトラバースはこの条件では難しいとのことで引き返す。ブライトホルンをノーマルルートで登る登山客は行列とまではいかないまでも次から次へと現れる。駅で20分ほど様子を窺うが、やっぱり無理とのことで、下山しRiffelhornにメニューを切り替えることに。しかし下山してみると下界も雨で、この日のトレーニングは完全中止。ノーマルルートでもブライトホルンを登っておくべきだったか。
 アルパインセンターで払い戻し手続きをして、明日のRiffelhornのトレーニングを予約する。テストに合格しなければいけないのは当然として、依然マッターホルンが滞在中に登れる状態になるのか分からないというのは困ったものだ。ホテルに戻り休む。昨晩から痛み出した奥歯だが、ここにきて痛くてたまらないから、起きて駅前の案内所に歯医者を紹介してもらい、即診察願いに行くが、旅行者につき、レントゲンだけ撮られて治療はしてもらえず。痛み止めの薬を処方され、薬局へ行く。一体何をやってんだか・・・ホテルに戻り休む。翌朝までずっと眠る。薬で痛みはなくなるようだ。

7/20(火) 曇り。昼過ぎから雨。
 ガイドと750分に登山鉄道のツェルマット駅前で待ち合わせ。Mr. Clinton氏も一緒に参加すると思っていたが取り止めた模様。このガイドも気難しい。会話は最小限にしよう。
 8時の電車に乗り、Rotenboden駅で降りてRiffelhornの取り付きへと右寄りに下る。目指すルートはEggと名付けられた4級ルートで岩場の最も左側に位置するが、わざとか最も右寄りから下部をトラバースしていく。岩場の道を迅速に安定して歩行できるか試しているのだろう。取っ付きまでに確保した箇所が3箇所ほどあったが、簡易な確保(いかなる時でもインクノットのみ。確保器は使わない)のため確保態勢になるのはものの十秒程度。確保なしでやばい所を通過したのも一箇所あった。結果的に非常に時間を稼げている。登攀は取っ付きから頂上直下の終了点まで6ピッチ。途中、結構きついところもあった。雪山登山靴では足がかりに乏しいスラブ状(しかも雨後)で、手がかりを頼りに足は壁に押し付けて突破したり、あてずっぽうに立ち込んでみて次の手がかりを探ったりと、なかなか楽しい。核心は5ピッチ目。もっと楽なルートがすぐ横にあろうに、かなり急なスラブにカラビナが連なっているので、これを登らざるを得ない。
 もたもたしていると×を出される。手がかりも乏しいのでクラックにジャミングして必死に攀じっていく。こんな難しいのはマッターホルンのほんちゃんでも絶対にないと思う。なんとか一度も落ちずに終了点に到達。まさに六甲でのトレーニングの成果だろう。
 続いてアンザイレンで少々歩くと、馬のしっぽのように太い綱がぶら下がっており、「マッターホルンではこういうロープが何箇所もあるので、腕の力に頼らず、片手でロープを使って下りて、なるべくロープを使わず登り返す」よう指示される。いきなり片手でと言われても難しく、両手を使う。懸垂下降に慣れている身には、腕の力を消耗する方法だ。下に辿り着き、登り返すが、こんな固定ロープには頼らないほうがマシと思いつつも少々難しく「ロープを掴め」の声にあっけなく従う。登り返して歩いてすぐがRiffelhornの頂上だった。
「おめでとう。3000mもない頂上だけど。」補給のため休憩。素手で化け物ロープを相手にしたためかジャミングのせいか手から出血、バンドエイド貼る。あとは下りるだけだが、ここで疲れてふらついていると×を出されるので気が抜けない。実際、Mr. Clinton氏も、岩場は楽々登れたが、安定した歩行技術を難点に挙げられてテストをパスしていない、と言っていた。2箇所、垂直の壁をガイドが確保するロープに完全にぶら下がって下ろされる。ガイドは横道を歩いて下りてくる。おそらくほんちゃんも危険箇所はこのやり方で下降し、懸垂下降などしないのだろう。
 道も安全になったところでアンザイレンも終了、ハーネスとヘルメットを脱ぎ、ぐるりと回る形で1140Rotenbodenの駅に戻る。テスト合格を告げられる。ほっと一安心。マッターホルン登頂の能力を認められた訳だから。駅でガイドと別れ、ゴルナーグラート駅まで電車に乗る。気難しいガイドとは一刻も早く別れたかった。アルプス一の展望台とあって周辺は観光客が多い。しかし、展望は全く無い。2時間ほどかけてロープウェー駅2つ分先のRote Naseを往復。少しは高度順応に貢献しているか。1555分発の登山列車で下山。アルパインセンターに合格証とともに赴く。
 やはりルート条件は厳しいようで、木、金は晴れの予報だが、雪がなくならない限りは難しく、ぎりぎり金曜日に登れるかどうかとのこと。どうせ登れないのならこの街をすぐ出て行くよ、と脅したが、答えを保留され、明日の夕方、様子を見て金曜日のマッターホルンアタックが可能かを決めることになった。明日をラストチャンスに登頂の可能性を残すには従うしかない。

7/21(水) 晴れ。
 この日、初めてマッターホルンが姿を現した。どうやってこれを登ってやろうと何度も写真で眺めていたマッターホルンの全容をこの目で見ることができた。写真と同様、この角度からのマッターホルンは美しく、そして険しい。本当に登れるのか。
 この日は(単なる暇つぶしだが)高度順応トレーニングとして、ロープウェーでクラインマッターホルン駅へ登り、そこからブライトホルン(4164m)を登り、稜線に沿ってポルックス(ふたご座の1等星、2等星の名前がカストル、ポルックスであり、ここでもカストルとポルックスは仲良く隣合っている。しかしカストルは一段高く、また遠いので一日での往復は無理だろう)まで行くつもりでいた。
 駅で早速アイゼン、ゴーグル、ヘルメットを着ける。930分、歩き出すと暑いので、無意味なヘルメットは仕舞う。思っていたほど頂上を目指す者は少ないが踏み跡は明確。近くに見えるが2時間はかかるのではと思いつつ、単なるトレーニングにしか過ぎない、徐々に急になる伊吹山のような雪の斜面を登っていく。
 天気が良く、マッターホルン、ヴァイスホルン(マッターホルンの次に登りたいのはこの山かな。アプローチが大変そうだけど)も奇麗に見えている。1050分、頂上には20人ほどいた。リスカム、モンテローザも奇麗に見えている。少し休み、隣のピーク(4159m)を目指してナイフエッジとなった稜線を、踏み跡があるから大丈夫だろうと進んでいく。
 隣のピークは見事に雪庇が発達している。1150分、隣のピークに到着。ここで踏み跡は消えている。それもそのはず。この先はポルックスまで4つほどの岩峰があるが、尾根は細り登降とも急で北鎌尾根以上にも見える。これ以上進むのはあり得ない。今いる場所さえ雪庇に気を付けないと氷河の谷へ一直線に落ちていくだろう。長居は無用。ガスが出てきて視界が悪くなってきたため、雪の斜面を駅へとまっしぐらに下っていくのは止めて、来た道を踏み跡に忠実に従い、ブライトホルンの喧騒をもう一度通り過ぎて、1330分、駅へ戻る。
 エレベータに乗ってクラインマッターホルンの頂上にも登って見るが、その頃にはブライトホルンが間近に見える以外、遠くの景色はほとんどガスの中で、折角の方位盤も役立たずである。下界に下りる。これだけ晴れて暖かかったのだからマッターホルンの雪も少しは溶けているだろう、とあとは運を天に任せるのみの心境で夕方アルパインセンターへ行く。
 しかし返答は「来週の半ば28日までマッターホルン登山は禁止。今日ひさしぶりに晴れたのでガイドが上に登りルート状況を確認した上での結論」とのことで、こちらが真剣であるのに対して素っ気無い。
 来年来るとまたテストを受けなおさなければならないらしい。今年なら、8月に来てくれと。理由は最も条件が良いから。そんなすぐにまた来れるか!なぜ9月ではないのか?9月はまた雪が降り始め危険とのこと。積雪期の槍の穂先での記憶。雪や氷のついた急斜面は、特に下降において、無雪期とは桁違いに恐怖感があり、全身の神経と体力を使い果たしたのを覚えている。あれは高々100mだが、今回は1000m以上ある。ガイドの判断に従うしかない。ソロで挑むなんて論外だろう。やはり今回の遠征はパートナーが必要だったか。残念で残念でしかたがない。アルパインセンターを後にする。もう二度とここを頼りに訪れたりはしない。地球の歩き方に悪口を投稿してもいいくらいだ。それはさておき、さあ、明日からどうしよう。
 代わりにモンテローザ(4634m)を登って帰るというのも十分あり得る選択肢だ。このあたりで最も高く風格もまずまず。他の山群で名の知れたモンブラン、アイガーとなると移動時間が勿体無い。昨日まではマッターホルンが×だったらモンテローザと本気で思っていた。しかし、実際に×となってみると、どうも士気が上がらない。登ること自体は全く可能だろう。ただ、今日、眩しい太陽の照り返しのもと、雪の斜面を一歩一歩あえぎながらブライトホルンに登った。1時間半で登れる山なんて全く大したことないが、Mな行為を体ははっきり拒否していた。それと同じことを、ひたすら57時間もう一度やるのか。独りだと小屋のおっちゃんに、泊めてやらない、とまでは言われないだろうが、登山に×を出されるかもしれない。氷河は二人以上でアンザイレンして歩くのが原則らしいから。金曜日下山してその日のうちにジュネーブに戻るのはタイト過ぎるのでは。何も必ずハードな山登りをして帰らなければいけないことはない。いろいろ言い訳が思いつくが、何と言っても、ひたすら体力だけを使って登るのが、正直しんどい。や〜めた。もう、あと2日、のんびりして帰ろう。大して体力を使っていない。でも疲れ過ぎた。寝る。

7/22(木) 晴れ。
 マッターホルンは頂上が雲に包まれている以外くっきりと見えている。I shall return. いつ?I dont know. ツェルマットを去りグリンデルワルドへ。マラソン3時間。ホテルから高度差1000m以上、アイガー北壁直下まで往復。

7/23(金) 曇り。
 ジュネーブに移動。ジュネーブ市街をマラソン3時間。