“足がスティック(棒)”でまたも撤退@西六甲縦走part2

(記:本田氏)
2012.5.4


2012年のGWは、永井、西村、本田、なんちゃって登山家3人にて六甲全山縦走に再挑戦。

2011年10月、永井氏のヒマラヤ遠征(※)の準備トレーニングとして永井・本田組は同じ企画を(こちら)実施したが、
高取山から摩耶山までで撤退、全山の半分も歩けていない。
今回縦走を成功させるには電車のダイヤになど合わせていられない


ということで前泊し、AM3時30分真っ暗な中、須磨浦公園駅スタート。




鉢伏山、旗振山、鉄拐山と順調に越えて、




高倉台の住宅地で空が白み始める。










横尾山、須磨アルプスを越えて高取山到着が7時15分。

ぼちぼち、早起き派のランナーやハイカーの数も増えてくる。
軽装のランナー・ハイカーが多くなり、老若男女あらゆる層が山に来る時代。
いかにも重たそうな一眼レフ高性能カメラを嬉しそうに持つ永井氏
苦行中せめて食事の楽しみにとバーナー食器を持つ西村氏
山頂での演奏用にギターと楽譜を抱える本田氏
めいめい荷物が重たくなったことを失敗したと言いつつ、失敗とまるで思っていない。
もはや我々が時代にそぐわなくなっているのかもしれない。


難所の一つ菊水山の急登は、ピンクの躑躅(つつじ)が苦しさを紛らせてくれる。
9時42分に菊水山頂到着。ここまではまずまず順調なペース。
西村氏は、常に先頭を飛ばし、早く到着してバーナーで湯を沸かし一息入れている。


菊水山からの眺望を楽しみながら20分ほど小休止し、数曲ずつギター演奏。


次の鍋蓋山へ、まず有馬街道へ下るが、このあたりから永井氏のペースが落ち始める。
鍋蓋山頂11時6分到着。ここも景色がよく小休止。

市ケ原に下りてから摩耶山への登りでは、頂上の電波塔群がすぐそこ見えてるのでもうすぐ、
と永井氏を励ましつつ、現実は登っては下り、下りては登りで、永井氏の足がどんどん棒になりペースが落ちていく。

14時15分、ようやく摩耶山に到着。
時間的にはまだ大丈夫なので、さらに行けるところまで行くことに。

しかしながら、平坦なドライブウェーでさえペースが上がらない永井氏を見て
西村氏が、もはやこれまでとバスでの下山・撤退を提案。
永井氏は、まだ頑張れることを主張し、結構なハイペースでバス停数区間分を歩いて見せる。
足がスティック(棒)や、というのは演技!?
どや顔の永井氏に「歩けるんでしたら、宝塚目指しますか?どっちですか?」
と西村氏が問い詰めると「あかん、トレーニング不足や」と、永井氏、やっぱり首を横に振る。
本当に限界であったのかは結局分からぬまま、丁字が辻にてバスを捕まえ、阪急六甲駅へ下山。


これだけ気合いを入れての撤退、もう須磨浦公園から歩くなんてアホらしくて暫くはできんということで、再再挑戦は11月の縦走大会本番で、ということになった。

トレーニング不足の永井氏のトレーニングを促すため、夏に一度、比良山を縦走してみようとの誓いで反省会を締めくくる。


※永井氏のヒマラヤ遠征は成功(ダミーリンク→●いずれヒマラヤの写真データ提供してもらいましょう)

http://www.youtube.com/watch?v=jy1amjU-sF0
http://www.youtube.com/watch?v=yR9i6pw94AU&feature=relmfu